山彦よ響け

山とVしかやることがない人の日記

称名川 ザクロ谷(1日目・2021年8月28日)

天気予報に一抹の不安を覚えながらも、やる気は漲っている。

22時前に都内で集合し、桂台ゲートに着いたのは3時半だった。

1時間の仮眠をして4時半起床、5時半に準備が完了した。

既に辺りは明るい。

なんだかいい天気になりそうな空模様で、ちゃんと昨日出発してよかったと嬉しくなる。

マイプロのBCAAとピュアカフェイン(北岳バットレス以来人生2度目)とおにぎりを摂取して、出発する。

 

桂台のゲート開錠時間に降りてこれる想定ではないので、ゲート前に車は置いてある。

第二発電所までゆっくり歩いていくが、ゲートが開くのが少し早かったのか、途中でびゅんびゅん車に抜かれた。

 

歩いてしばらくすると、遠目に称名滝とハンノキ滝が見えてくる。ハンノキ滝に水流は見えない。

が、昨日までそれは見えていた。3日前の大雨からまだ水量は減っていないだろうなぁと思っていた。

願わくば、遡行可能であることを祈る。


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称名滝が見えた

 

第二発電所が眼下に入った。ここまでも結構疲れる。

やっと有名な階段登りだ。

見えるところまではそれほど高くなく、あそこまでか?そんなに大変じゃないような、と考えていた。

実際はそこで一呼吸した後まだまだ続いていて、かなり長かった。

なるべく呼吸を乱さないように、ゆっくり上がっていく。



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まだまだ続いていた

 

上がりきったら事務所小屋のようなものがあって、奥に雑穀谷へと抜けるトンネルがあった。

冷気がすごい。汗に濡れた体には、涼しいというより寒いくらいだ。

一休みした後、雨具を着てトンネルに入っていく。

身長が170cmない僕(たとえ遥かに170cmに足りなくてもこれは間違っていないのだ)は、

腰を曲げることもなく歩いて行ける。

ヨッシーさんが先頭を歩いているし、何も怖くない。


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トンネル、目線の高さで

 

コウモリがいるという話なので、たまに手を叩いたり笛を吹いたりして進む。

するとウワッッ!とヨッシーさんが驚いて、その声に僕も驚いた。

どうやらコウモリ、いたらしい。

先頭を交代してトンネル出口に近づくと、結構いた。しかし目にも止まらぬ速さでどっかいってしまうので、そんなに恐怖はなかった。

 

トンネル出口には扉がある。これが開かなかったらどうしよう、なんて不安を一瞬覚えながらも、無事に開いて雑穀谷に飛び出した。


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雑穀谷に出たところ

 

空は青空こそ出ていないが、悪くない感じだ。同じドコモ回線なのに、何故かヨッシーさんの電波だけ入ったので、天気予報を確認する。

予報は変わらず、昼から夕方まで小雨が降るらしい。一応雷注意報もあった。

どうする?と聞いてくるが、今のこの天気で進まないのはありえない。

初日のゴルジュ途中から撤退している記録はあるし、増水如何だけどやばくなったら戻ればいい。

そんなに集水域は広くないし、小雨だったら耐えるだろう。

という、祈りにも似た想定を立て、行くことにした。

小雨程度じゃ、このザクロにかける情熱の火を消せやしない。

 

…とはいえ予報も気になるので、

「Yahooの雨雲レーダー見れます?」

「アプリ入ってないから1時間後までしか見れないや。(アプリ)ダウンロードする」

「(今から?)すませんがお願いします」

ーー数分後

「やっぱりこの電波じゃダウンロードできないや」

 

…ですよね。先を急ぎましょう。

 

 

雑穀谷は開けた沢で、特に問題になるようなところはないが、岩が大きく進みにくい。

なるべく早く動いているつもりでも、ザクロ谷出合に着くには1時間少しかかった。

 

ようやく、一目でそれとわかるゴルジュが見えてきた。

何度も記録を見たザクロ谷に、ようやく入ることが出来る。

天気もやにわに良くなってきて、気持ちを盛り上げてくれる。

不安も混じるが、ウェットスーツを着て、突入だ。


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ザクロ谷出合

 

昔は滝だったF1も、今ははただの段差である。容易に越える。

 

この先にあるのがF2。ここを越えられるかがザクロ谷の分水嶺となる。

少し泳いでゴルジュを曲がると、その姿が見えた。



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F1を越えたところから

 

水量は…少ない!?少ないじゃないっすか!

 

予想に反して、記録で見た中でも、水量は少ない方だった。

ハンノキ滝は関係なかったのか…?

すっかり秋といった水量だ。

これで僕がフリーで越えられないわけがない。

なんのために初段を登れるようになったのだ。

 

右岸にカムをきめて水流から上がり、準備をする。

30mロープを引いて、意気揚々と突っ込んだ。

記録によると滝裏に左のサイドガバがあるらしい。

壁を蹴って、泳ぎ進んで滝裏へ。

 

水流に打たれながら、ホールドをまさぐる。

が、ない!なんもないのですが…これじゃ離陸できない…

ペタペタといろいろ触ってみるが、水流に弾かれて釜の脇に流される。

もう一度水流に戻り、何度か上に手を伸ばしてみたが見つからず、結局ヨッシーさんのもとに戻ってきた。

あれ?おかしいな?一撃でキメるはずだったのですが…

 

そんな寒くないと思っていたが、身体も震えてきた。

ちょっと体温めますと言って意識的に震えまくり、次のトライに備えた。

「それは低体温症はじまってんじゃない?」と言われるが、そんなことはないと思うことにする。

事実少し震えてたら収まってきた。

 

気を取り直して再トライ。

滝裏に近づこうとするも、何かに引っ張られる。

ロープが引っ張られたと思って「引っ張らないでーー」と言ったが、どうやらハンマーが釜に落ちてバンジーコードがビンビンに伸びて、それに引っ張られていた。

手がかりがなんもなかったらフッキングで活路を見出そうと思い、すぐに取れるようにしていたのだった。

このあと2回ぐらい同じことをして、諦めてハンマーは腰にしっかりと固定した。

沢登りはじめて10年以上経つが、未だにハンマーの携行方法がわからないのか、僕は…

 

先程と同じように、滝裏に進む。さっきよりももっと水流に寄ってホールドをまさぐると…サイドガバがあった!

思ったよりも下に!

アンダーかっていうぐらい思ったよりも下だった。

これでなんとかなる。

両足を外傾してのっぺりとしたスタンスに乗せ、右手を遠いガストン気味に突っ張り、離陸できた。

離陸したら左手をちょいアンダー気味?のホールドに伸ばし、足を整えたら右手がガバに届いた。

あとはなんかうまいこと左足を壁に突っ張る体勢にもってきたらもう大丈夫だ。

 

チムニーの体勢になって安定したので、写真を撮ってもらう。


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F2

 

そのまま上がって1段目を越した。

ここのピッチは短く切った方がいいとは言われていたので、1段目の上に立ってビレイしたかったが、顕著なリスがない。先人が打ったと思われるボルトスカーはあるが、ボルトはない。

足元は白波たっていて立てるかわからなく、このリスを探している今も足は軽く突っ張ったままなので、結構辛くなってきた。

どうしようかと動かないでいると、ヨッシーさんが「そのまま上行ける?」というような仕草をした。

もう一段上まではチムニーの幅が少し広く、上がれんのかな…と思ったが、上は岩があって立てそうなので、頑張って上がった。

岩の上に立ち、一休み。白波たってるところも、足を入れると普通に立てた。

 

落ち着いたらハーケンを打てたので、セルフを取ってまずは荷揚げ。いつものように荷物は下の人がロープをちょっと引いたりして引っかからないようにしながら上げるが、水流直撃のところになってしまって荷物が上がらない。フルパワーでも全然上がらん……。

荷揚げで敗退か…?などと思うが、なんとかしなければ。

ロープは二本引いており、うちの一本をヨッシーさんが下でフィックスした(ように見えた)。なるほど、やりたいことはわかった。というか僕もそうしたいと思っていた。上もフィックスして、張ったロープに沿わせてもう一本で荷揚げしようとした。

とりあえずこれで一回あげる。

が、ロープの張りがゆるく、たわんでまたも荷物が水流にかかって上がらなかった。しょうがないのでガルーダでギンギンに張ったら、なんとか荷揚げに成功した。

細かくきらなきゃハマるって本当でしたね…案の定でした。


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F2をフォローで登るヨッシーさん

 

荷物を2個上げて、フィックスしたロープでユマール交じりでヨッシーさんには上がってきてもらった。ここで鯉のぼりになるのを危惧したが、すんなり上がってきてくれてありがたかった。一段目に上がるまではフォローの方が怖い気がする。

かなり時間をくってしまったので、ヨッシーさんがセルフを取ったらすぐ、荷物を背負ってロープ一本引いて3段目を登り始めた。

容易に見えたので重いギア類を全部置いて来てしまったが、ちょっと行き詰まった。右手にきめたいカム・ナッツがなく、下に向かってへへっと笑う。すいやせん、時間かかりますわ。仕方がないのでエイヤとフリーで越した。


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F2の三段目。右に抜ける。

 

F3はヨッシーさんリードから。

右のちょいハングしたクラックに残置があったので、そこを登ることにする。単純なカムエイドかと思ったが、なかなか突破しない。気づけば水しぶきではなく小雨っぽいのが降ってきた。「(何チンタラしてんすか!時間ないんすよ!)」と心の中で思う。時間がないのは僕のせいでもあることは考えないでおく。

何度かテンションで休んだが、選手交代する。

ここはさくっと行ってカムエイドの経験の差を見せつけるかと取り付くが、抜け口が…悪い。。足がなくて体が上がらない。。

「テンションお願いします!」

ヨッシーさんがかけた、クラックに挟まった岩で取った支点で休む。

「悪いっすね!ここ!」

下から見てもわからないのはいつものことですね^^

少し休んで、アブミの最上段に足をかけ、気合で乗り上がるとなんとかなった。


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F3。右の水が流れていないクラックを登る。

 

ここまででかなり時間を使ってしまった。ただ、なんとなく核心は越えた気がする。先を急ぐ。

 

すぐにF4が目に入るが、第一印象は思ったより低いな、だった。

ここはリードしたかったので、何も言わず勝手にリードの準備をして、出発。

 

ホントに落口のすぐ前まで立つことができる。そこからジャンプで落口のチムニーへ。ドボン!と入るつもりだったが、バシャ!と普通に立てた。深いと思ってたのでビックリしてしまった。そのままチムニー登りでさくさく上がり、定番の右ポケットにスカイフックをきめ、セルフを取って休む。

うーんハーケンを打ってる記録が多いが、ちょっと遠く打ちづらい。

念の為届く範囲までスタンスをタワシで磨いて、そのまま登ることにした。

広めのチムニーを突っ張って数歩上がったら、左にちょいガバがあった。それを経由してトップアウト。そんなに大変ではなかった。

昔はここが核心だと思っていて、このために靴をフェルトにするかラバーにするか悩んでいた。

しかし今回、F2もF4もヌメリは感じられない。コンディションによるのかもしれないが、ラバー一択だと感じた。

昔で思うが、そういえばクレハコーチルートはどうなっていたんだろう。頭になかったな。


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F4

 

上がったら左岸に皆がハーケン打ってるだろうなというリスがあり、そこで支点構築。

今回は荷揚げもそれほど大変ではなく、ヨッシーさんもフリーでさくさくと上がってきた。


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F4をフォローで登るヨッシーさん。

 

これでもう、突破できない、ってところはないだろう。後は時間との戦いだ。

カムエイドなど、地味に時間がかかりながらも少しずつ進む。

あ、F5の右岸に打ってあったボルトが一本抜けた。けっこうキレイに見えたので、最近のかな?まぁ少し面倒になるが、なくてもなんとでもなるだろう。

 

大きな滝もなくなり、これぞザクロ谷といったような緑の回廊が見られるようになる。

ザクロに来たという実感が湧いてくる。

これが長年焦がれた景色である…

しかし悲しいかな。僕の感性は慣れによってか、ほとんど死んでいた。

なんか見たことあるようなゴルジュ地形だな、ぐらいにしか思わなかった。

いや、それは昔から何度もこの谷の写真を見ているからだろうか?

それよりも無事F4までは越えられた喜び、時間のなさからくる焦り、しんどいけどちょっと楽しい、といった感情で忙しかった。


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緑の回廊

 

小雨も強くならず、次第に止んできた。増水はしてたかわからないほどだった。本当によかった。増水するかどうかは祈るしかなかった。

 

順調に進んで、牛の首に到着。めちゃめちゃ疲れた。

ヨッシーさんが左岸にトラロープが垂れているのを見つけて、手まり滝近くにはいいテン場がないらしいからここにしよう。と足を止めた。見れば人が二人横になれるぐらいの砂地がある。

いや…ザクロはもっと…なんかいい寝床があるはずだ…もっとサイコーな寝床が…こんな頑張ったんだから…

 

といつものように寝床にこだわり、少し先に探しに行くと、広い砂地を発見した。

良かった、これで快適な夜を過ごせる…

 


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テン場

 

ハーネスを脱ぎ、動きにくくかったウエットを脱ぎ、ツェルトを張るためのロープを対岸に張りに行く。ザクロにあるのにここは流れ穏やかだ。

藪をまとめてフィックスし、戻ろうしたとこで事件発生。

川の石で滑った…!そして骨盤を強打!痛い!!

あいたたたた…と本気でつらい。

ウエットを脱いでいたのが仇になった…

もうあまり動きたくないぐらい痛い…

時間も遅く、先ほどまでの雨で薪も濡れてしまっていたため、今回は焚火なしで寝ることにする。

ツェルト内でバーナーをつけると、アンダーウェアもだいたい乾いた。

 

今回は長期山行でしか食べないアルファ米尾西のチキンライスと五目ご飯を食べた。もしかしたら尾西は初めて?食べたが、すごい美味しかった。びっくり。コンビニで買ったインスタント豚汁も美味しく、科学の力を感じた。

ご飯が終わると紅茶と少量の百年梅酒のお湯割りを分け合い、寝ることにする。

が、問題が起きた。

いつも寝袋として使っている、エスケープヴィヴィが見当たらない。

少し探すが、すぐに家に干したままだったことに気づいた…

 

まぁないものは仕方ない。念の為持っていたエマージェンシーブランケットにくるまり、寝ることにした。

今回は冬に使っているウールのタイツを着替えとして持ってきて、上はベースレイヤーに薄手のパッカブルジャケット、ユニクロのウルトラライトダウンレベルのダウンだ。このタイツのおかげか、日中は30度に届く夏日のおかげか、全然寒さを感じずに寝ることができた。

いやしかし、エマージェンシーブランケットはほんとに結露がすごいな…内側が水に浸かったのかというぐらいビショビショだ。

しょうがないからちょっとはだけて寝るけど、それでも寒さは気にならないほどだった。


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当たり前だけどブランケットってマミー型じゃなくて一枚の紙なんだ…

 

相変わらず打った左の骨盤付近は痛く、左側を向いては寝れない。

しかし疲れもあり、初日が無事終わった安心感とともに、グッスリと熟睡した。

 


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今日は8時間かけてザクロ谷を1kmも進んだ

 


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途中にあった、人がすっぽり入るほどのラブリーなポットホール