息子に転園してもらった
息子が転園した。
ちゃんと言うと転園してもらった、かな。
理由としては、元々3歳までの小規模保育園だったので、いつかは転園する必要があった。
時期を今にしたのには理由がある
①東京都に転園なので、転園即、保育料が無料になる。
②4月入園じゃないとたぶん通らないと思う。それならチャンスは2回しかない。2歳の転園申し込みチャンスは逃すべきではない。
③2歳数ヶ月での転園と3歳数ヶ月の転園だったら、本人的にも友達がしっかりできていそうな3歳は可哀想じゃないか?
という以上のあたりだ。
親的には事情があって、3歳での方がいろいろ楽だったんだけどね。
でも、ピジョンのお悩み掲示板とか見て、「泣いてずっと前の園の先生を呼んでる子もいる」なんて見ちゃうと、これはなるべく早くしなければと思わずにはいられなかった。
まだ慣らし保育1週間だけど、今のところは大丈夫そう。このまま大丈夫であってくれ〜
最近、子供の発する言葉が急にすごい増えた。
こうなってくると、一人の人間というのを強く感じるようになってきた。
「転園した」、じゃなくて「転園してもらった」っていうのは、別に本人が転園したいって言うわけではないから。
最近、子育て大変だ〜と思うし言ってしまうけど、息子も何もよくわからず急に通う園が変わったり、周りみんな知らない人だったり、大変なんだよな〜と思うようになった。
転園するのは、大人の事情でしかないもんな。
それでも生意気な感じだしたり余計なことをしたら「コイツ…」と思ってしまうけど、頑張ってくれと思う。
いや〜今のところは定員が100名を超えて、前の園の5倍以上。入ってみて、前の園の小規模感は良かったなぁとも思ってしまう。
でも、やってもらうしかない。
頑張れ!息子。
俺も、生活を頑張っているよ。
…でも、生活を頑張る感じになると、クライミングのモチベは、減るね
子育て日記と化してしまう
もしかして、子どものイヤイヤ期が始まってきたかもしれない。
というのがきっかけで久しぶりに投稿しようとする。これでは育児ブログだ。
でも、クライミングにあまり進捗はないんだよなぁ。
先シーズンはなんでもいいから13aを登りたい!と思っていろいろ触ったけど、結局同じ課題を2日と触ることはなかった。あまり思ったようには岩に行けなかったね。
(デリウス、カリスマ、ア・ラ・ポテト、下畑、と触ったけど、可能性感じたのはデリウスだけ)
ジベリングス11dがマスターで登れたのが嬉しかったぐらいかな…?
ボルダリングも前は冬は御岳って感じだったけど、初段以上で登れるものが結構なくなってきた。
肺魚とかはかなり日数必要そうだし、素登りは登れそうなんだけど、ギリギリ何度やっても登れず、あげくに結構な頻度で右膝がヒールフック時に壊れそうになるので封印となった。
強くはなりたいな〜とも思うけど、あまり努力できてないし、友達とゆるゆるでも登れるだけで幸せって感じかな。
そんなもんだから、久しぶりにブログでも書きたいなと思うと、育児関係のきっかけになってしまったりする。
もうすぐ2歳2ヶ月になる子供は、結構言葉が出てくるようになってきた。
基本的には、かわいい。
子供に「ママいない?」と言われて、「ホントだ、おかしいね」と言うと、「おかしいな〜」なんて言ったりする。おもしろい。
でも今日は「行かない!」「やだよー」と言ったりするのが多くて、結構大変だった。
よくネットで見る、公園から帰りたがらない子供ムーブを見せていた。
そして無理やり連れて帰ろうとすると号泣する。
イヤイヤ期、とまではいかないようなレベルな気もするけれど、これはその前触れ、片鱗か?とも思う。
これ以上になると、どうなってしまうんだ…と一抹の恐怖もある。
基本的にはやっちゃいけないこと以外、自由にさせてあげたいけど、どんどん言うこと聞かなくなっても困るなぁ、ちょっと厳しくした方がいいのか?とかいろいろ考える。
とまぁ、結構大変。
毎回思うけど、保育士さんはホント凄い。これを毎日だったら大変すぎますよ。
まぁでもやっぱり、成長が楽しみではある。
こんなもんでイヤイヤ期が終わって3、4歳になったらもっと楽しいだろう。
子供がいなかったらこの大変さは無いんだよな、と思ってみても、子供がいなかったら人生に変化がなくて退屈だよなと思う。
でも小学生ぐらいになったら、その変化もあまり感じなくなりそうだよな?って気もする。まぁなってみないとわからないか。全部そうだ。産まれてみないとわからないし、なってみないとわからない。
そのときどき考えてたことを、ちょくちょく日記として残せればなと思う。
「子供を産んだ人生にしよう」と思った
赤ちゃんが約8ヶ月になり、かなり子育てが落ち着いてきた気がする。
今年も妊娠する山ヤが多い。流行ってるのか?妊娠。
忘れないうちに、なぜ子供を産むことにしたのか思い出そう。
子供を産む人生にしよう、と思ったきっかけはなんだろう。
我が家は「やっぱり子供は欲しいね〜」というふうに妊娠・出産に決めたわけではない。
考えた末に、今、子供を作ろうと決めた。「子供が欲しい」ではなく、「子供を産んだ人生にしよう」が近いのだ。
昔から、基本的に子供は欲しくないと思っていた。自分には自分の人生があり、他のことを考える余裕なんてなかった。何より子供なんていたら休みの日に山に行けなくなるし、いろいろ金銭・行動に制限がかかる。そんな「枷」を何故作りたがるのだろう、と思っていた。
これは正直、今でも思っている。みんなはなんで子供が欲しいと思うのだろう。
自分が子供を作ろうと思ったのには様々な要因がある。
最初に理由としては思うのは、「たいして山に行きたくなくなったから」だと思う。
山に行きたいとは思うが、めんどくさいし、山に入ってもすぐに下山のことを考えてしまう。
そのくせ「良い天気の休日は山に行かなければいけないんじゃないか?」という強迫観念にかられている。
そんなことを毎年繰り返してる気がする。それなりに幸せだが、これをずっと繰り返すのか?と疑問も出てきた。
もうそんなに山に行けなくなっても大丈夫かもしれないと思うようになった。
もう一つは、「後悔はしたくない」ということ。今はいいけど、40歳とかになったとき、「子供がいたらなぁ」と思っても、そこから妻の妊娠は厳しいんじゃないかということ。
タイムリミットはある。先延ばしにするのが楽だけど、来年考えればいいや、と思っていると、ズルズルとリミットが迫っていくだけだろう。それに産むと決めたら妊活だ。時間がかなりかかる可能性もある。早め早めがいいだろう。
大きな理由はそんなところだ。
いろいろ考えて、自分も、そして自分から見た妻も、新しいステージに行った方がいいと考えた。「子供がいる人生にしよう」と決めた。
幸いなことに、妻もだいたいは同じような考えだった。同じように、子供を産むことに否定的ではなくなっていた。だが同じように、積極的に「子供が欲しい」というわけではなかった。
正直、「子供が欲しい」と妻が言ってくれたらすぐに了承しただろう。
最初はお互いが積極的ではないため、「どうする?」「うーん」で話は流れるのが常だった。
子供を産む・育てることを決めるのには覚悟がいった。
しかしこの状態から、妻に「子供が欲しい」と言わせるのは卑怯だなと感じた。妊娠・出産の苦しみを負うのは妻だ。
妻が苦しんでても「欲しいって言ったよね?」なんてことが言えてしまう。「俺はそこまで欲しくなかった」なんてことが言えてしまう。それは子育て中、ずっと言えてしまうことだろう。
そんなことを考えて、途中から、自分から「子供が欲しい」「子供を産む人生にしよう」と言うようにした。
幸い、妊娠は思ったよりもすぐに訪れ、妊娠・出産・子育ての人生が始まっていった。
とはいえ申し訳ないことに男の体が妊娠するわけではないので、妊娠中は妻と沢・クライミングに行けなくなるだけ、出産までの遊びのリミットが出来るだけといった感じだ。
それでもあまり遊べないと「まだ遊んだほうがよかったか?妊娠は来年にした方がよかったか?」なんて考えるけれど、産む人生にすると決めたことを思い出すと、そうだよね、と一人納得していた。まぁリミットが生まれて、気合入れたクライミングが出来て初めての2段が登れた、のは良かった。
今では普通に子供は可愛い。可愛いおもしろ生物だ。
それに街で赤ちゃんを見ても微笑ましく思う。たぶんそれは、みんな子育てをすごい頑張っている、ということが深く理解できたからかもしれないが…
子育ては大変だけど、後悔なんてものはない。というか深く物事を考えることがなくなり、ただ前に進むのみといった感じだ。
今でも遊ばせてもらっていることに感謝し、頑張っていきたいと思う。
寝覚の床ボルダー (2023/7/12)
まだ未確認だけど、岩と雪の上松ボルダー群?特集に記録があるらしい。登られてないっぽいのもあるので登ったラインを記載します。
いつもの日記は下の方に書きます。

5級・一斗缶
(6級ぐらいでもあるかな。)

6級・ゲゲゲの指太郎
(画像中央の細いクラック。ちなみに細クラック終了のテラスからそのまた上のテラスへは簡単に上がれます。)

7級・飛松
(棚に上がってデコボコしたあたりから左上のテラスに行くルート)

5級・太松
(クラック。下地が砂。)

8級・グイグイアゲ松
(6〜7mのクラックボルダー。下地が砂。)
ここから登ってないけど登れそうなの

一斗缶裏。2-3段ありそう。

カンテトラバース課題はそこそこあるけど岩が大きくはない。

本堂に突き上げるクラックもあったが少し高いのと、不敬な気がするのでヤメた。

ディープウォーターソロが出来そう。やるつもりだったけど登れなさそうだったのでヤメた。

裏寝覚に目ぼしい岩はあまりない。このリッジ?のラインが初段ぐらいかな?上部が怖そうだったので触っていない。

先程のよりもっと右のライン。触ってる画像しかなかった…。初段ぐらい?かな。
あとは本庄庵の人が登っている「俺は男だ!!」があるけどビチョビチョだった。
奥にはカムがあれば登れそうな少し高めの岩もあった。
以下、日記
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寝覚の床ボルダーに行ってきた。
ここ2,3年、ボルダーもしてきてグレード感もわかってきたので、なんか記録のないとこ登りたくなってきていた。
2段がほんとに全然登れないので登れるやつを登りたいって気持ちもあるのかな…
近そうなとこになんかないかな〜と思いを巡らせ、そういえば中アの方に沢登りに行ったときに「寝覚の床」って見た気がした。岩がある画像も見た気がするので、"寝覚の床 クライミング"で検索すると「本庄庵」というブログのボルダー記録が出てきた。
どうやらいろんなマイナーボルダースポットを開拓するのが好きな人らしい。
グレードが書いてなかったので、よっしゃ俺が行って記録に纏めてやろう、ということで行くことにした。
早く行きたいけど、一人で行くのに東京から木曽は遠い。そう思っているうちに日々は過ぎていった。
5月になり、ワイドを登りたいと言う友達「ゴックン」と瑞牆に行った。車内でふと「寝覚の床っていうボルダー行きたいんだよね」と話すと、なんと知っているらしかった。沢の現地での転進候補として調べたことがあったらしい。流石ネットに漂う記録を見ている量が違う。
記録のないとこに行くのが好きらしいので、なんと同行者を得ることができた。想定外で嬉しい。これで運転時間も交通費も怖くないぜ!
次にタイミングを合わすことができた7月。2日間の休みを取って、ようやく行くことができた。
1日目はあまり木曽の天気が良くなかったので、瑞牆のアストロドームをトライしに行くことに。小川山に一人500円払うか暑そうな瑞牆に行くか、須玉のビッグまで迷っていた。二人してボーナス出たから小川山行っちゃうか!なんて話していたが、まぁ、ええか…と瑞牆にした。
結局アストロドームは3回トライして終了点手前で落ちて登れず、身体だけはバキバキに疲れさせて終わった。
ここからは木曽に移動して道の駅で寝ることにする。ボーナス出たし晩飯何にする!?と話していたが、結局は諏訪湖のスーパーの3割引300円の弁当にした。
いや、でもアジフライ食べたい気分だったんですよ。
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翌日、今日こそ寝覚の床ボルダー。
昨晩の予報では10時に雨が降るらしいので、気合の5時行動開始とした。
そも岩がすぐ見つかるかわからないので、メトリウスのアディションパッドとシューズだけ持って下見に行く。
寝覚の床に降りると、記録で見た一斗缶ボルダーはすぐに見つかった。

そんなに高さはなく、4 手ぐらいで終わりそうだった。まぁ登れるだろって感じだが、下地が平らな岩なので、落ちたらちょっと足が痛そう。
どうしよっかな〜といろんな角度から見て悩んでいたが、ゴックンは「全然大丈夫でしょう。これぐらいの高さ。自分丈夫ですし。」と言う様でやる気マンマン。先に登ってもらうことにする。
注目の第一登。30cmぐらい浮いて、初手で落ちた。
まぁ…そんなもんか…流石Ⅲ級クライマーは違うぜ。
選手交代。僕も身体の丈夫さに自信はある。しかししょうもないケガはしたくないので気合のトライ。一撃できた。まぁ流石に大丈夫か。一回登っただけで昨日の疲れがあるのか、体がバキバキなのを感じた。
ゴックンもなんやかんやの末、登れたので移動する。
次は本庄庵で「ゲゲゲの指太郎」となっていた細いクラックだ。まぁ登れそう。これもちょっと高さがあるかなと思ったが、このフィンガーサイズのクラックなら大丈夫だろう。無事に一撃。

まぁまぁちゃんとジャミング出来れば問題ない。
ゴックンも離陸に手こずっていたが、無事完登。
ゲゲゲの指太郎の左にもテラスに上がるラインがある。
棚に上がってから登るため、ちょっと高さがある。

クラックは薄そうだし、ガバホールドのところに立つのはちょっと窮屈そう。怖いからやらなくていいかな、と思っていると、ゴックンが「やらないんですか?やりましょうよ。ボコボコしたあたり踏んですぐですよ。落ちても僕丈夫なんで。」とやる気マンマン。登ってもらうことにする。
まずは棚に立つと、ガバに両手が届いた。「ガバですよ!あとは無理やり体上げたら終わりですわ」と余裕を見せる。
そこからデコボコのスラブに足を置くが…ツルツル滑って全然置けそうにない。「ちょっと…ムーブがわからない」ということで選手交代。とりあえずガバを余裕を持って届くことが測れたのでトライする。
クラックは使えなかったが余裕の一撃。ムーブがわかればゴックンも余裕で登れてた。
奥に移動するとシンハンドっぽいクラックと腕ぐらいのクラックハイボルダーがあった。

とりあえず下地も砂で取りつきやすそうなシンハンドクラック(太松と名づけた)を登って、もう二度とこのエリアに来ないかもしれないので、腕ぐらいのクラックも登ることにした。

高さがあるが、画像ではわかりにくいが上の方には両足で余裕で立てる棚があるので、実質は2mぐらい。沢で出てきてもまぁノーロープで登るかなってぐらいの岩だ。
登り始める前に下の方で靴を差し込んで見たらちょうど良くフットジャムが決まるサイズだったので、落ちることはないだろうとトライ。
棚に上がって、そのままテラスのガバに届けば良かったけど届かなかったので、ハンドジャム、二歩だけフットジャムしてガバ取って終了。いい感じのフィナーレだ。
ゴックンも続いて完登。練習のためか全部ジャミングで登ろうとしていたが、安全のため最後はガバ持って上がってた。
目ぼしい岩はだいたい登って、体も疲れたので終了の雰囲気。陽も昇ってきて暑くなってきた。
とりあえずまぁ探すだけでも、と裏寝覚に移動する。
裏寝覚は広くなく、良さそうなのは初段ぐらいのラインが引けそうな岩ぐらいか。普通にちょっと被っててホールドも外傾していたのでムズかった。
10時になったが予報は外れて雨が降るのはもっと遅くなるそう。日差しが暑く、疲れもあってヘトヘトだ。
記録のないボルダー登るの楽しいね、と大満足の岩登りだった。
また、は来ないけど…
境川 大畠谷(2022/9/4~5)

朝、5時に起床。
天気予報通りの、晴れ間が広がる穏やかな空だ。沢登りの日にこんなに気持ちのいい朝を迎えたのは、なんだか久しぶりな気がする。昨日は敗退前提に納得して寝たものの、こう穏やかだとなんだか行けるんじゃないかという気になってくる。なんだか増水、していないんじゃないかという気になってくる。
6時に出発。朝でも寒くはなく、少し歩くと暑いくらい。記録ではこの時間に出るパーティは多くなく、皆もっと遅い。たぶん初日はそんなに急がなくても二俣の幕場適地に着けるからというのと、富山は遠いので昨夜の就寝時間が遅くなるためだろう。僕らはこれまでたっぷりと寝てきたし、行動の早さにも不安があるため6時には出たかった。
まずは登山口を進んで橋に行き、川を見下ろす。そんなに増水していないように見える。昨日たくさん降ったんだけどな?奥は水量が多いかもしれないのでまだ心配ではあるが、とりあえず進むことに。橋の手前から踏み跡を辿り川床に降りる。ついにオバタキタン、入渓だ!

登山口の橋から。水は多くないように見える…
ここで既に泳いだ、という記録もあるが、そんな気配は全くない。おそらく桂湖がせき止められ、ここまで水が貯まったらそういうことにもなるのだろう。どういう条件のときになるんだろう?
特に困難な渡渉もなく、平凡な沢を進んでいく。一瞬泳ぎか?と思われたところも腰まで浸かる程度で済んだ。
どうやら増水、ほんの少ししかしていないようだ。絶対増えていると思ったのに…なんでだろう?
※後日、9/3-4で入渓し敗退したパーティの記録を見た。雨が降り始めると、水が濁流と化したらしい。やっぱりここも一気に増えて、一気に減水する沢なんだろう。似たように上流に大スラブを構える早出川ガンガラシバナも、保水しなく一気に水量が増える沢だ。おそらくここも同じような保水力なのだろう。

泳ぎか?と思ったけど腰まで浸かるくらい。増水してないな?
入渓して1時間と少しで2段30m滝。なんだ順調じゃないか…定石通り左岸のしっかりとした踏み跡から巻く。踏み跡なくてもおそらくここだろうとはわかる。

2段30m滝。すごい強い人は登ってる。
巻きあがると遠くに二俣のスラブ、なのかはわからないが、広そうなスラブが見える。あれが二俣だったらそんなに遠くなさそうで嬉しいなぁ。

大スラブか…?
ここまで巻けば充分だろうというところまでトラバースして巻く。もっと奥いくとルンゼいっちゃうし、この辺で降りようと藪を下降していく。沢が見えたあたりがちょっと急になる。たぶん懸垂しないでも降りられそうだけど面倒そうだなぁ~と思っていると、丁度目の前に綺麗な残置スリングがあった。面倒なのでこれを使って20mほど懸垂する。
下から見ると、もっとルンゼの方から降りたら懸垂なしでもいけたかな?少し戻って見てみると2段30mの奥の滝も一緒に巻いていた。
また沢は歩くほどのものになり、進んでいくと滝が続くゴルジュが出てきた。
記録では皆ここは快適に楽しく越えていた。今日はちょっとだけ水量が多いが、果たして…
最初の滝は右岸からシャワーで登っているのをよく見るが、右岸…いけなくない?なんかめっちゃ水強いけど…ちょっとたってるけどボロボロのクラックがある左岸の壁を登るか、と触っていたら、相方は右岸に渡るためにボイルしている深そうなところに入ろうとしている。えっそこ深くない?「止めといたら!」と止める。さっき高巻きでギャーギャー言っていたのに急にやる気だしてくるな…戻ってきたと思ったら、今度は滝に軽く打たれながら滝裏にいこうとする。えっそっち行けんの?大丈夫?と思っていたら、ザバッと出てきた!おお、いけんのか!ナイス!聞くと「記録で書いてあった気がした」とのこと。そうか~普通に見てそのまま滝にもってかれたらヤバそうだから行く気しなかったよ~でも良かった、これでなんなく越えられた。

この下の滝の裏をくぐって右岸から
その後の滝も登れそうなところを登って進む。特に困難なところはない。
天気も良く、シャワーも寒くなくていい感じ。進むと登れない2段CS滝、左岸から巻き始める。ここかな~と思った高さよりちょっと上ぐらいに残置支点があった。ハーケンの他に、ピカピカのリングボルトも打ってある。斜め懸垂はそんなにたくさんはやってないし得意じゃないんだよな~と思いながら降りたが、そこまで斜めに距離を出す必要もなく、簡単だった。

斜め懸垂。そんなに離れていない。
今度は登れそうな滝がかかる。記録で見た、滝裏をくぐって右岸から登るやつだ。こっちはとてもくぐりやすそう!楽しく越える。
次の7m滝は右から登るが、登りだけならこの沢で一番難しかった(とは言ってもⅣくらいだが)。ちょっとヌメッてホールドが丸く、ピンも取れずに空荷で直上する。
この後しっかり水に浸からなければいけない滝を登って、なんかよくシャワーで登ったと書いてある滝に着く。シャワーっていうくらいだから水がドバドバ流れる右岸側から登ったのか…?と思って少し止まってしまったが、水流右でたまに水流にあたるぐらいのところが快適に登れた。

今度はくぐりやすそう!
わりかし順調に進むと2段40m滝に到着。全く登れる気はしないので、右岸に入る支流(ルンゼ?)から巻き始める。ここで急に強い雨が降ってきた、が、これは天気予報通りである。すぐ止むだろうし、高巻きなので暑くなくてちょうどよい。

2段40m滝。支沢から岩壁基部で真横にトラバースした。難しくない。
ルンゼ登って岩の基部あたりでトラバースをしたかったが、相方はこういうトラバースが嫌いなので意見が別れた。このトラバースをするところも下からちらほらツルツルのスラブが見えていたので、それを怖がったのだろう。このままもっとルンゼを登ってから大高巻きに入りたいと主張している。
どう見てもその大高巻きの方が大変そうだし先がどうなっているのかわからないが、2人パーティだと1対1なのでどちらかが妥協・納得しなければいけない。結局、記録では皆この岩の基部のあたりからトラバースしているということで、そちらを強行した。
トラバースに入るが、難しくなかった。スラブっぽくなっているのもしっかりした藪があるあたりのほんの一部だった。下からリッジ状の藪尾根のように見えていたところに来た気がするが、このまま降りたらまだ滝全部越えられていないかな?と思ったので少し登ってからもう少しトラバース。残置スリングを見つけたのでそこから20m懸垂をした。どうやらここも2段40mとその次の滝まで一緒に巻いたようだ。しっかりした木の藪になったところからそのまま降りていれば丁度滝の落ち口だったんだな。

この懸垂も25m以下だし50m一本でよかったんだな…
意外とこの巻きに時間を費やしてしまったが、もう後は二俣まで困難なところはないはず。
疲れてきたが、あとちょっとだと思うと足が早くなる。
しばらく歩くと、二俣にかかる大スラブが顔を覗かせた。進むと大きく広がる大伽藍、オバタキタンの大スラブが眼前に広がった。

飛行機雲がかかって、まだまだ夏って感じ
正直、ガンガラシバナを見たことがあるからか、そんなに感動はしなかった。それよりも早く明日の偵察がしたい。
荷物を置いて、二俣の間のリッジに登ってみる。右俣左岸スラブを見ると、うん、記録で見た通り、傾斜はあまり強くない。というか左俣大滝の方もゆるそうに見えるな…普通に行けるんじゃない!?行かないけど。
右俣左岸スラブは上の方はどこでも登れそうに見えるけど、最初の1P目をどこにするか迷った。ゴルジュの奥にある左岸ルンゼの先の3m滝のところまで登ると、戻ってくるのがちょっと面倒そうなので、ルンゼの手前までで偵察する。右俣左岸ルンゼのさらに左岸(ややこしい)から登れそうだな~と見当をつけ、今日の行動は終了とした。テン場は二俣のすぐ手前の左岸。このテン場の裏から登りだしている人もいるようだ。話し合いの結果、このテン場の裏から登るとトラバースに1p使ってしまうので、ルンゼのところから登ることにする。
右岸の石と左岸のカムを支点にしてロープ、タープを張って落ち着いた。
薪も意外と集まり焚火も起こせた。積もる話もないので、後は晩飯食べて寝るだけだ。
晩飯のメインは軽量化のためカレーメシと簡素なものだが、昨日高山で買った飛騨牛ハンバーグ、飛騨牛サラミ、大のや醸造の味噌、デザートの桃があったので、お腹いっぱいになることができた。
見てすぐにこの景色には飽きてしまったけど、こんな空間を二人占めできるのは心地よい。
予報じゃ明日はもっと天気が良くなるし、楽しみだ。

二俣すぐ手前で幕。もしかして自然落石の危険あった…?
――――2日目
4時起床。昨日、一昨日とたくさん寝ているからか、寝たりないということもなくスッキリと目が覚める。
いつも通りの出発の準備をしていると、大スラブがモルゲンロートに照らされた。これは見たかったやつ。テンションあがる。
6時過ぎに出発する。前日の取り決め通り、ルンゼの辺りからロープを出して登り始める。ホントは乾いたところだけを登りたかったけど、どうやら濡れたところもちょっと登る必要がありそうだ。せっかくスモールカムを何個か持ってきたので、フォローのためにとりあえずクラックに一個いれる。その後ワンポイント濡れたところを登るが、意外とぬめってはいなかった。そのままロープいっぱいルンゼを登り、大きい石を終了点にした。

ゴルジュをちょっと入った登り始めるところ
この大スラブで一番難しかったと言えるのがこの最初の濡れたところだと思う。それでもⅢかよくてⅢ+で、そのあとのルンゼはⅡくらいだ。
2p目、ルンゼから小リッジに上がってそのまま50mいっぱい伸ばしていく。傾斜はゆるく、気をつけていれば落ちないという感じ。Ⅱ~Ⅲだろう。支点を取る必要も感じないので取らずに進む。

傾斜緩いけど浮石多いな~
話には聞いていたが、ホントに浮石が多い。岩が脆くて浮いている、ということではなく、スラブにただ乗っかっている石が多すぎる。大小様々で、どう影響して落ちていくかわからない。可能な限りルンゼの方に落ちないよう、下のゴルジュめがけて投げまくる。これって下どうなっているんだろう?違うパーティいたらたまったもんじゃないだろうな。てか死んじゃうのでは…

ロープが触れただけで落ちそう…
ハーケン2枚で支点を取って、相方を迎える。思ったよりロープ落石はないのでよかった。3p目は相方リード、ゆるそうなリッジを直上するのが楽そうに見えるが、岩が脆そう&浮石がヤバそう(ビレイヤーの僕に直撃しそう)なので巻くように登っていった。結局ランナーはハーケン一枚と、ピッチ終了間際のショボい藪1つ。このピッチで灌木帯に届いた。

青空に向かってロープを伸ばす。落石を落とさないように慎重だ。
4p目、あまり登りすぎてもしょうがないので、トラバース気味に左上してゆく。ここはもう灌木で支点が取れているので絶対安心。トラバースする藪の先がよく見えないので、濃くなる前にとりあえずピッチを切る。

4p目は藪もあるし難しくもない
藪を少し進むと川床に下りている尾根が見えたので、そこまでコンテ気味にトラバースをしていき、藪尾根を下降した。最後の10mくらいがたっていたのでクライムダウンが面倒くさく、立木で懸垂して川床に降り立った。

藪尾根がモサモサと続いているので降りるだけ
これで難所は終わった。もう沢が終わったムードである。
先ほどのゴルジュとは打って変わった、緑あふれる穏やかな渓相で、思わず笑顔がこぼれる。もうずっとこういう沢でいいな…

キレイ~~こういう沢だけでいいよもう
何個か小滝を越えると出てくる、40mナメ滝は少し緊張した。これを越えると30mほどの滝がかかる二俣が出てくる。わざわざこの滝を登りたいとも思えないので、左に進んでいく。
最後の滝。登る必要を感じないので左股へ。
ほどなくして沢型は消え、藪漕ぎとなる。暑い…しっかり濃いので時間がかかる。
途中スッキリと開けたところもあったが、1時間弱かかり登山道へ抜けた。
水を結構がばがば飲んでしまっている。たくさん汲んだつもりだけどかなり減っちゃったな…
まぁ登山道ならすぐに大笠山に行けるだろう、と思っていた。期待は外れ、あまり歩かれていないからか藪が多かった。ギリギリ体を遮らないぐらい。大笠山が近くなってくると、登り返しも大きくなり、登山道は踏み後程度の藪漕ぎの様相を呈してきた。これじゃ沢のツメとなんも変わらない…!
仮払いしてくれ…!
暑くてへとへと、日陰で休みながら、なんとか大笠山山頂手前の分岐に到着した。仮払いをされているかどうかで結構コースタイムが変わる気がする…
荷物を置き、立派な避難小屋を通り過ぎて山頂に立ち寄る。
展望は開けていて気持ちがいい。白山が見えた。白山…初めて見た…!なんだか嬉しい。いつか行ってみたい。

白山となんか名前のついていた壁
分岐に戻り、長い下山に気合を入れる。熱中症が怖いので最初の方はあまり喋らないようにし、体力を温存して歩く。どこかでオバタキタンのあのスラブを登山道から見えないかなとも思ったが、それは最後まで見えなかった。
やっぱり喋っていると気が紛れるので、後半は喋りながら歩く。時間の進みも早い。
あと30分ほどで下山、というところで電波も入っていたので、JAFへ連絡する。1時間ぐらいで来れるならちょうどよいだろうということで…
整備工場などにもいろいろ電話していたら、かなり休憩してしまった。下山が遅くなる…「今ビジターセンターにいるのですか?」と聞かれたが「ちょっと離れたところに…」としか言えなかった。
レッカーが思ったより早く来たらいかん、ということでペースを上げて急ぐ。
最後の急な梯子を下り、入渓点である橋まで戻ってきた。
疲労困憊、ってわけでは全然ないけれど、暑くて結構疲れたな。
お疲れさまでした。
オバタキタンは、特に難しいところはなかったけれど、初日の滝の高巻きや、大スラブの高巻き登攀など、記録がなければもっと難しいところだっただろう。
記録を見るかどうかで沢の難しさはかなり変わってくる。
今回は記録を見て「あまり大変そうじゃない」と思ったところが、「やっぱりそうだった」と確かめることができたのが収穫だ。自分的沢グレードは4級下ぐらいだろうか。
まぁ皆ここ5級の沢って言ってるもんね!コンセプト通りに無事完遂!終わった終わった〜〜

朝焼けで赤く染まるオバタキタン
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まだ暗くはならないけれど、もう夕方だ。登山口に下りてから車までの車道10分、果たして修理はできるのだろうかと今更ながら考える。
車に到着し、レッカーの予定時間まで20分くらいあった。とりあえず濡れタオルで体を拭いて、ギアの整理でもしますか~と片付けを開始する。装備を外して、タオルを持ちトイレで着替えようとしたとき、エンジン音が聞こえてきた。
えっちょっと早くない!?急いで着替えだけして、業者の方に挨拶する。ちょっと怖そうなオジサンだ。とりあえず車の様子を見てくれた。すぐわかる破損はやっぱりオイルエレメントで、それだけでエンジンオイルがこんなに飛び散るかな~?と言っていた。熱心に見てくれていたので、親切な人だと思った。
ここから10kmほどの整備工場に電話しておいたので、そこまで運んでもらう。道中、「もしもエンジンがやられていたらもう廃車だ」「もう時間も遅いので、ホテルや車を置いて帰る方法がある大きな街の整備工場に行った方がいいかもれない」など助言のような脅しのようなことを話される。結局、この幸い軽傷で近場の工場で直った、という可能性を捨てきれなかったので、予定通りに近場に向かった。
時刻はもう19時だ。工場は通常19時閉店で、最初電話したとき、「19時からは予定が…いや、大丈夫です」と何かを諦め作業予約をさせてくれたので、非常にありがたかった。
工場では車をジャッキで上げ、親方の部下のような若い人が車体下部を確認し、何も言わず作業に入った。レッカーの人と作業者の人が何やら話しているが、よく聞こえない位置にいたので何の作業が行われるのかわからない。果たして直るのか…今日中に車を運転して帰れるのか…作業の邪魔をしてはわるいと思ったので、そのまま何も聞かずに待っていた。作業を見た感じ、オイルエレメントを交換し、エンジンオイルを継ぎ足していた。何やら親方も含め3人で話した後、レッカーの人が話しかけてきた。「見た感じ壊れているのはオイルエレメントだけだけど、オイルがエンジン周りに飛び散っていて、洗浄だけで綺麗になるかはわからない。取れなかったオイルは熱で燃える危険性がある」と言って、大きい街、高岡の工場までレッカーすることを強く提案された。え、でもとりあえず壊れてたのはエレメントだけみたいだし…動くんならここから50kmの高岡になんてレッカーで行く必要あるのか…?と思ったので、それは拒否してここまででレッカーの作業は完了にしてもらった。
整備の人はボンネットの中のエンジン周りの洗浄に入った。ここで親方から費用と今やってる作業の説明が入る。どうやら大丈夫そうだ。レッカーの人が言ってたオイルが燃えるということも聞いてみたが、まぁ大丈夫でしょうとのことだった。時間も遅くなっていたので簡単な手書きの費用説明だったが、まぁこんな時間に作業してもらえるだけでありがたい。13500円の費用は高いのか安いのかわからないけど、帰れるんならなんでもいい、という感じでOKした。
かなり丁寧に洗浄をしてもらい、全体の作業は1時間ほどで終了した。
近くの道の駅では遅くまで食堂がやっていることを教えてもらい、感謝を言って後にした。
道の駅の「いわな食堂」でお腹いっぱいご飯を食べ終えたら時間はもう21時前だった。ここはまだ富山で、明日は仕事があることが信じられないが、車が直ったことを信じて帰るのみだ。ホント、なんとか今日中に片が付いてよかった。
今思えば、レッカーの人は高岡の方の業者の人だし、もっと長距離のレッカー作業をしたかっただけかな?と疑ってしまう。それに整備工場の料金も、なんか少し高い気がする…まぁ残業代みたいな感じで多く払いたい気持ちもあったからそっちはまぁいいや。グーグルマップにも星5で口コミもつけておいた。
費用はいくらかかっても気にならない。それほどに今回ここで終わらせられたのが嬉しい。
ありがとうオバタキタン。もう来ないよ。遠いし。

いわな食堂美味しかった!
境川 大畠谷(出発まで)

オバタキタンに行ってきた。
正直、沢はそんなに難しいものではなかった。
人の記録を読むのも自分で見返すのも、気持ちが入っているところが面白い。
だから自分にとってこの沢の記録で大切なのは、当日よりも出発までだ。
オバタキタンに決めた理由、その一つはこの沢のグレードが「5級」だから。
ここが4級上とかだったら全く行く気はしなかった。
二つ目は、記録を見て難しくなさそうと思ったからだった。
正直、沢登りに飽きてきた。どんな壮大な景色を見ても、どこかで見たような気がしてしまう。何より危ないことはしたくない。
ザクロに行けたことがピークだったのだろう。おそらく不動川は行けるけど、滝ノ内や劒沢には怖くて行きたくない。そんなレベルだと自分をわかってしまった。それでいいと思ってしまった。
本当はもう、ニュージーランドの沢登りをしたあたりで、もう終わっていたのかもしれない。あとは心残りを消化するだけだった。
なぜ沢登りを続けているかは、多くの意味で暇つぶし、そしてたまには山に入りたいという気持ちと、ある程度の実力がついたのでそれを使わないともったいない、という貧乏根性だ。
妻も沢登りを続けてきた。どこかを一緒にと目標にしているわけでもなかったけれど、実力もついてきたようだ。ならば一区切りとして、せっかくつけた実力をどこかで使いたいと思った。うむ、貧乏根性だ。
そこはわかりやすい5級がいい。夫婦だけで5級の沢に登ったと、区切りとしては素晴らしいんじゃないかと。だからグレードが大事なのだ。
オバタキタンは、前からふんわりと知っていたが、遠いということもあり詳しくはなかった。しかし近年、知人が何人か行った。あまり準備という準備をしないで行っているのを見て、話も聞き、そんなに大変じゃなさそうだなと思っていた。

有名なオバタキタンの二俣・大スラブ
やはり気になるのはあの大スラブが難しいのかだ。記録を見てみると、ピンが取れないというのが気にかかる。しかし、ヤバかった、や死にそうになった、なんて書いている人はいなかった。注意したとか、そのレベルのことしか書いていない。これはどうだろう。他の5級の沢の記録の多くは、こんな悠長な書き方はされていない。
ほとんど全てのオバタキタンの記録を見たが、このスラブに困難を見出している人はいなかった。
これは…簡単なんじゃないか?そう思うと俄然やる気が出てきた。この沢を目標にすれば、今年も沢のモチベが出てくるだろう。そんなことを8月前は思っていた。
オバタキタンの大スラブは全ピッチを通してもⅢ級は越えないくらいと言われている。落ちるとは思えないが、それでもやっぱり怖かった。
念のためスラブの沢を練習で登ってから、10月頭にオバタキタン、という話になっていた。
しかし記録をたくさん読んでいると、やっぱり難しいようには思えない。練習なんて必要ないんじゃない?という気持ちが強くなってきた。なんとかなるだろ。
9月の頭に4連休を取っていた。少し遅めの夏休みだ。北海道に行こうと言っていたけれど、特に北海道でしたいことがあるわけではない。強いて言えば「あげいも」が食べたかった。それがほぼ全てだった。あと久しぶりにちょっと景色を見たかった。
前から妻は北海道にあまり乗り気ではなく、2週間前になってもやっぱり行く気は湧いてこないようだった。
行きたくないのに行ってもしょうがない。北海道はやめにすることにした。さて何をするか、と考えた。やっぱり沢はあんまり行く気起きないし、行きたいと思えるのは行くと決めたオバタキタンぐらいだ。……もうオバタキタンでいいんじゃないか?そうだよもう行けばいいじゃん!これはいい考えだ。10月頭、ダメだったら次の週、と考えていたけれど、チャンスは多い方がいい。4日間のうち2日天気が良ければいいんだ。これは行けるだろ。
妻は少し準備がしたかったようなので、練習として大源太山αルンゼを一緒に登った。まぁこんなもんだろ、という感じだった。
さて1週間後には連休、という時期になったが、台風が南の海上で発生した。週末の天気が芳しくない。せっかくの休み、無駄にはしたくないと、毎日天気予報の確認に熱が入ってしまう。ちょっと北海道旅行に切り替えるってのもありかなぁと、桂湖と札幌の天気予報をいったりきたりしていた。
台風の影響で予報はコロコロ変わり、結局出発前日まで、まだ北海道旅行の可能性を残したまま決めあぐねていた。
しかしだいたい2日前に出た天気予報は安定してその通りになってきたし、どうやら9月4~5日は天気がもちそうだ。休みは9月2~5日なので、後半2日が勝負。予備日はなくなり、予報が悪化したら何もできないまま休みが終わる…難しい判断だったけれど、やはりここでなんとか終わらせられないか、という気持ちが勝った。
もうやきもきしたくない。モチベーションは行きたい、というよりも終わらせたいという気持ちがほとんどだ。
前半は観光することにして、とりあえず行ってみよう、ということになった。
9月2、3日は高山・金沢を観光しようと考えていたが、思ったよりも平日の疲れがあり、2日は爆睡。もたもたと準備をして、高山に着いたのは22時だった。
3日は高山を観光。
前から行ってみたかった町でもあり、『氷菓』の聖地だったことも思い出して楽しく観光できた。にしてもなんで観光ってこんなに足が疲れるのだろう。山より疲れがたまるんじゃないか、と思う。
ここを流れる宮川の水量は明らかに多く、前日までの雨の影響を強く受けていた。明日の水量が減っていてくれと願わずにはいられない。

高山市街を流れる宮川。普段を知らないが、水量は多く感じる。
夕方まではゲリラ豪雨が降ったりやんだりで、予報によると夜からは晴れるらしい。20時ぐらいまで桂湖から一番近い「くろば温泉」で時間をつぶす。
増水が心配だ。いくつかの敗退の記録を見ると、敗退理由は全て増水だ。その日付までのアメダス降水量データを見てみると、意外にそんな降ってはいなかった。明らかに昨日今日の方が降っている。増水していない、ってことはないだろう…妻がナーバスになってきた。増水では流されるリスクも生まれ、ゴルジュを直登できなかったら延々と高巻きを強いられる。今年は雪渓がどこにも多く残り、オバタキタンもそうなのではないかという懸念もあった。敗退の記録と同じくらい増水していたら、その場で中止にしよう、ということになった。行く前から敗退ムードが漂う。

オバタキタンの前半部分にも土砂くずれの警報が出た。これは敗退か…?
ここで地形図を印刷していないことを思い出した。時間はたっぷりあったのに、すっかり忘れていた。コンビニは高速を20分戻ったところにしかなく、慌てて向かいコピーをする。ついでなのでそこでパッキング。準備をするだけ無駄になるかもしれないが、とりあえず黙々と済ませた。
桂湖に向かう山道、21時半頃、ダメ押しのようにゲリラ豪雨が降ってきた。ただでさえもう無理じゃないかという雰囲気なのに…
早く着いて寝たい、それと桂湖の橋から川をチェックしたい、という思いから、桂湖までの道を急いだ。急いでしまった。この車道をあと5分で駐車場に着くというところ、道の真ん中に大きめの石が落ちていた。カーブを曲がった先だった。綺麗な車道でまさか落石があるとは思わず、急ブレーキも間に合わず、車体の下をすり抜けてくれという願いとともに石を乗り越した。願いもむなしく、ガラガラガン!という大きな音ともに、車体を石に擦りながら通り過ぎた。
やべー…と思って止まると、ボンネットから白い煙がモクモク出てきた。これは焦る。こんな故障しました、みたいな煙が出るなんて…エンジンオイルがぽたぽた垂れていた。とりあえずここに停めていてもしょうがない。幸い車は動くようだったので、もう少し頑張って駐車場、を通り過ぎてとりあえず入渓点近くに停めた。もうよくわからないけどとりあえず車が動くうちに川の様子を見たかった。
数分歩いて橋から川の様子をヘッデンで照らしたが、高さがあってそれほどよく見えない。でもそんなに大増水しているわけではなさそう…でもわからないか。
わからないことがわかったので、とりあえず車を動かしてトイレ近くの駐車場に停める。走るとまたモクモクと煙があがった。
車体の裏を照らしてみると、そんなにダメージを受けているようには見えなかった。一つの小さな筒のようなものだけが潰れていて、ググるとどうやらエンジンオイルフィルター(エレメント)のようだった。オイルパンに穴が空いたわけではないので、垂れていたエンジンオイルはほんの一部のようだった。
とんでもないことになってしまった。これは今回は止めとけというお告げか?
時刻は22時を過ぎている。とりあえず落ち着いて、選択肢を絞るためにJAFに電話をかけた。聞くと1時間ぐらいで誰かは来てもらえるみたい。こんな夜中なのに意外と早く来るんだな…と思うも、とりあえずその情報だけ聞いてまた考えることにした。
いや…とんでもないことになってしまったなぁ。ここでJAFを呼んだら、今回の沢は中止だろう。幸いにしてあと2日も時間がある。帰るのにはなんとでも手段はあるはずだ。しかしここまで遠かった。時間も、お金もかかっている。諦めていいのだろうか。もっと諦める理由がほしかった。
もともと諦めムードではあった。増水していたら中止、ということを話していたし。でも…
とりあえず明日入渓して、どうせ中止になるからその後レッカー呼ぶ、というのが一番納得できるんじゃないかという結論になり、この場でレッカーを呼ばずに明日を迎えることにした。
もし行くことになったら、壊れた車を残置か?家に帰れるのか?考えることは多い。
興奮して眠れないかと思ったが、意外とそんなこともなく、ほどなく眠ってしまっていた。
脱稿と脱渓
コミケ近くなって「脱稿」したという文字をよく見かける。
コトバンクで語源を調べてみると、
*宋・張端義〔貴耳集自序〕~斯(こ)の集の稿を脱するを喜ぶ
とあった。詳しい状況はわからないけど、(書き上げて)原稿から脱することができて嬉しいって感じだ。
創作をする人は自分が望んで描いているのに、脱することができて嬉しいとは変な感じだけど、 概ね合っているんだろうと思う。
山の記録とかも好きで書いているのに、最後の方は終わってくれ~ て感じになるし。
twitterで沢登りで遡行終了して沢から出た、という意味で「脱渓」というのを見るようになった。
沢をやってて、沢の山岳会に入ってても聞いたことのない、馴染みのない言葉だった。なんとなく脱出の「脱」のイメージからか、敗退したときに使う言葉のように思えた。でもこの脱渓も脱稿と同じように、わざわざ自分から進んでやっているのに行為を終えて喜ぶ、という意味では同じだし、これはこれであっているのか、なんて思う。